友達と話していたら泣けてきた今年のあれこれを備忘録として
毎年12月が近づくと、「暦の上ではディセンバー」を思い出すよなあ。
とか思っていたら、いつの間にか11月は終わっていた。
2023年はあと1か月もない。
今年、私は長年勤めた会社を退社した。
新卒から10余年、やる気と勢いだけで達成してきたいくつかの数字は、今はもうほとんど意味のないものになっている。
最後の数年は仕事への情熱をゆっくりと失ってゆくような尻すぼみの日々で、
私の性格もどんどんすさんでいくようだった。
育児と仕事のバランスってむずかしいよね。
と一言で言えば簡単だし、よく聞く話である。
その当事者になるなんて、若い時の私は思わなかったよね。
実際育休から復帰した最初の2~3年は、勢いだけで踏ん張っていた。
若かったし。
大人な対応をできずにキレ散らかしながら(私が)、泣く子と格闘し、自転車のチャイルドシートに乗せ力ずくでベルトをはめて鬼の形相で保育園へ。
仕事を上がる時間になれば、文字通りダッシュで帰るために駅の地下道を疾走した。
汗をかきながら迎えに間に合った!と思いきや、子どもはもっと遊びたいと言い、大荷物を背負いながら私は死んだ目で虚空を見つめた。
そして夜になると、「寝ている子の顔を見て今日も怒りまくってごめん」と謝る。
翌日ももちろん早番出勤。
挙げたらキリがないが、私には余裕がなかった。
余裕がなさすぎて、どうにかしたいと考えるきっかけもなかった。
余裕はないけれど、少しずつ子どもと意思疎通が取れてきて「少しは楽になったかな(当社比)」と感じてきた矢先、新型コロナウイルスの登場。
夫は当面の間リモートワークで勤務、ということになったが、
出社せねば何もできない私は、自宅待機を余儀なくされた。
しばらく経ってどうにか勤務先の営業は再開したが、徐々に扱っている商品と世相のギャップを感じるようになってしまった。
そうすると、「そういうものか」と思っていたことも悪い意味でどんどん気になってしまう。
詳しくは記さないが、日々心の中で毒づくという残念な女(私)が爆誕。
誰も嬉しくないし、健康的ではない。
極めつけの出来事によるストレスで心が荒れたらしい私は、夫からの言葉を勝手に悪く解釈して家で泣くようになった。
子どもの前でもおかまいなしで、感情をコントロールできず夫を大層うんざりさせ、不安定な私を子に見せた。
そしてある日、子どもはおそらく無意識に、私を真似するような口調で泣き叫んだ。
ショックだった。
ごめんね、ごめんね、と子どもに謝った。
そして、会社に対しての信用を失ってしまったとき、
もう無理ダナーーーと感じて、私は譲歩できずに逃げた。
なんかもうさ、この文章を打ってて涙が出てくるよ。
「好きだったし、向いてる仕事だと思ってたのにな」
あんなに頑張った日々が、経験が、実績がなくなってしまった。
長く一緒に働いていた人たちに挨拶もできずに辞め、今でも連絡を取る勇気はない。
今は細々と働きながら、以前より子どものサポートができている(と思ってる)。
いきなり小学校から保護者参加のお知らせがきても自分の判断で対応できる。
そして驚いたのが、ここ数年悩まされていた片頭痛が緩和され、服薬が減った。
退職していいことづくめというわけでもないが、ひとまず上出来だろう。
思い切った決断を、正解にしていきたい。
できる範囲で頑張ろう私。
来年は本厄だ。